前編:編集者による不正行為「強制引用」の要求を見分けるには

科学的不正行為の問題は、もはや関係者たちの間だけでひっそり交わされる話題ではなくなっています。ここ10年の間に、一般の新聞やブログ、公開討論の場などでも、科学の清廉性が取り上げられるようになりました。

学術界の高みにいち早く登ろうとするあまり、研究不正に手を染めてしまう研究者がいます。大学では、論文の出版点数や被引用回数が多い研究者が評価され、昇進を勝ち取ることができます。高名なジャーナルに論文が掲載された教員に金銭的ボーナスを与えている大学もあるため、このシステムを悪用しようと考える著者も、当然出てくるでしょう。

しかし、このような不正を働くのは著者に限ったことではありません。編集者による不正行為も、学術界で議論されるべき問題の一つです。代表的な編集不正として挙げられるのが、引用文献を意図的に操作する「coercive citation(強制引用)」と呼ばれる行為です。



インパクトファクターを高めることが強制引用の目的

インパクトファクターがジャーナルの質を測る指標となって以来、編集者による引用文献の不正操作件数は、増加の一途をたどっています。インパクトファクターは、あるジャーナルに掲載された論文が、ほかの論文でどれくらい引用されたかを定量化した指標です。
編集者は、自誌の論文を引用している他誌の論文のアクセプトに関わることはできないので、自誌への投稿者に対し、自誌論文を参考文献に含めるよう誘導する場合があります。

高いインパクトファクターを獲得してジャーナルの露出を高めるために、論文に不適当な参考文献を加えるよう著者に求める編集者がいます。リジェクト/アクセプトの判定が下される前にこのような要求をされれば、著者がそれを無理強いと感じてしまうのも無理はありません。自誌の論文を参考文献に加えればアクセプトの可能性が高まる、とほのめかされる場合もあるでしょう。これは、「推薦する論文を引用すれば、論文はアクセプトされる」という「取引」にほかなりません。



編集者が推薦する参考文献=強制か?

参考文献は、新たに投稿する論文の妥当性を示すための知的・技術的土台です。科学は、先行研究という土台の上に成り立っています。引用の重要な目的の1つは、その研究の重要度や連続性を固めることです。
つまり、一連の関連研究の中で、その論文が「次なる一歩」として妥当であることを示すことが目的です。参考文献は、研究の科学的価値や重要性を立証、支持、確認するための、信頼できる情報源なのです。参考文献のない論文は、科学の妥当性という近代的概念から逸脱していると言えるでしょう。

強制引用の問題は、編集者が、投稿論文とは無関係な自誌論文の引用を、直截的もしくは遠回しに求めてきた場合に生じます。編集者や査読者による参考文献の推薦は、すべてが悪であるとは限りません。むしろ、編集者/査読者は、論文出版に関する経験が著者よりも豊富であることがほとんどなので、論文の質を向上させるために助言を行うのは自然なことでしょう。
著者は、その助言が本当に論文の妥当性を強固にするものか否かを判断する能力を身に付ける必要があります。

関連分野の知識が豊富な編集者/査読者なら、論文の新規性や土台をより強固にできる参考文献を紹介してくれるかもしれません。あるいは、その時点で主要な検索エンジンにインデックスされていない、参考文献になり得る有力な出版待ち論文を知っているかもしれません。推薦された文献が、関連性の高いジャーナルに掲載されている論文である場合、それらはアクセプトの可能性を高めてくれるものと考えられます。



参考文献を選ぶ権利は誰にあるか?

関連分野の論文について、編集者や査読者の方が著者よりも多くの情報を持っていることはおおいに考えられます。世界中の論文の中から著者が知らない情報を与えることで、著者の視野を拡げてあげたいと考える編集者もいるでしょう。強制行為であるか否かの判断基準は、編集者の要求に対し、著者が自由に意思決定できるかどうかという点がもっとも重要です。
すなわち、編集者の助言を、判定への影響を恐れることなく拒否できる状況かどうか、という点に着目しましょう。

編集者や査読者によるあらゆる推薦が利己的であると決めてかかるのは、「参考文献を選ぶ上での最高権力を有しているのは著者である」という観念にとらわれたものです。これは明らかな誤りであり、その研究テーマをもっとも熟知している者は著者である、という思い込みでしかありません。もちろん、参考文献を選択する最終決定権は、論文に最終的な責任を負う著者が持つべきですが、編集者や査読者が論文の質向上に寄与し得る可能性も、認める必要があるでしょう。

また、利己的な参考文献の選択は、編集者に限った問題ではありません。著者も、関連性が低い過去の自著論文を参考文献に加えることがあります。同様に査読者も、担当論文に自著論文を加えるよう編集者に求めて、自分の論文の宣伝を企てる場合があります。ただ、先述したように、査読者が関連分野に精通していることを前提に選ばれている場合、先行研究について著者より詳しくても何ら不思議はなく、推薦する参考文献の中に自著論文が一部含まれるのは、必然と言えます。 このように、参考文献の選択バイアスには、さまざまな不確定要素が含まれているのです。



強制引用の要求であるか否かを見分ける方法は?

まず、論文の質向上を目指した健全な査読プロセスの結果として追加の参考文献を推薦された場合と、強制引用を要求された場合とを、分けて考える必要があります。

強制のニュアンスがないのであれば、それは強制引用ではないでしょう。編集者や査読者のコメントが論理的で、論文の説得力を強化するためのソースとして「妥当」であると判断できるなら(それが自分たちのジャーナル/論文であろうと)、その動機を疑う理由はありません。編集者が関連分野におけるジャーナルの特性をもっとも良く理解しているという前提に立つことは当然であり、これは編集者として最低限の基準でもあります。

一方、強制の場合は、その文献を加えることの妥当性や根拠がありません。さらに、編集者が推薦した文献がすべて自誌のものである場合は、その動機を疑ってかかる必要があるでしょう。特定の国をテーマにした論文を国際誌に投稿するケースを考えると分かりやすいかもしれません。
たとえば、トルコの青少年の自意識について論文を執筆した著者は、編集者から、諸外国の青少年の自意識に関する論文と比較するよう求められると考えられます。この要求が、同様の論文(それが自誌のものであっても)を引用することで論文の説得力を高めることを論理的に説明しているものであれば、著者は次の段階として、この助言が自分の投稿論文の潜在価値を高めるものであるか否かを判断する必要があります。

そして、編集者の言い回しが直截的か婉曲的かにかかわらず、論理的根拠がないままに特定の自誌論文を加えることを要求しているケースは、あからさまな強制引用の例です。行間から「要求に従わなければリジェクトする」というニュアンスが読み取れる場合は、ほぼ間違いなく、自誌のインパクトファクターを高める意図を持った強制引用と判断できます。





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