社会学における質的研究とNVivoの活用

中里英樹先生 画像

甲南大学 文学部 中里英樹先生に、社会学における質的研究の難しさ、そのデータ分析手順とNVvioを利用することの違いについて伺いました。

NVivoとの出会いとかかわり

2006年から2007年にかけてオーストラリアで在外研究をしていた時、同じ研究チームにいる研究者、労働社会学者などがインタビューやフォーカスグループのデータの分析にNVivoを使っているということに気づき、その存在を知ることになりました。

よく見てみると、研究所のパソコンのすべてにNVivoがインストールされていました。これは質的調査に使えそうだという感触を得ましたので、2008年に購入して使い始めました。バージョン8くらいだったと思います。色々な参考書を読んだり、2011年から2012年に再度在外研究でオーストラリアに行った際には研究所の一日ワークショップに参加したりしながら、現在のバージョン11まで試行錯誤しながら使ってきました。

私の研究分野は家族社会学を専門としていまして、最近では子育て期の働き方と生活という研究テーマが中心となっています。その中でNVivoは、インタビューの整理と分析、質問紙調査の自由記述の分析、そして先行研究のレビュー等に使っています。

質的研究の難しさ

質的研究、特に社会学ではかなりの人たちが何等かのインタビュー調査あるいは観察に基づいた調査に携わっていますが、常に共通の難しさが付きまといます。

まずこうした調査で得られるデータは、決まった形になっていない、回答の長さもばらばらですし、質問の順番もばらばらです。形式の決まったスプレッドシートの型に単純にはまらないデータであることが一つ。

また、一人二人のインタビューに関しては深く読んでいってそこからいえることを導きだせるとしても、対象となる人数が増えていくに従い多様性も広がります。方法論があるとしても、どこをどう切りだしていけばよいか、というのは非常に難しくなっていきます。

こうして事例が多くなると、解釈やどの事例に基づいて説明するかということが、恣意的になる危険性もあります。周囲から指摘されることもありますし、自分自身でも不安になることもあり、同様の話を他からもよく聞きます。

NVivoのようなソフトを使わずに質的データを扱う方法と課題

NVivoのようなソフトを使わないで質的研究の情報、質的データを整理しようとした場合の方法とその課題を考えてみたいと思います。これから述べることに心あたりがある方はその難しさを納得していただけると思います。

『紙への書き込みと塗り分け』

文字起こしした紙に付箋を貼ったり、マークを付けたりしている画像

インタビューの文字起こしなどをプリントアウトし、キーワードやコードを色々書き込んだり、内容ごとに塗り分けをする方法です。一つのインタビューが二時間、三時間、それが10人分というように膨大な量になってくると、この方法で全体を見渡すのは非常に困難になり、自分の記憶にある事例、マークを付けてあるところを取りだすことになりがちで、これはほんとに全部を確認した上で見ているのかと不安を感じることも起こってきます。

『カード化して内容ごとにフォルダーに分類』

4つのクリアファイル

もう一つ古典的な方法として挙げられます。一枚のカードをどのグループ(フォルダー)に整理するか迷う場合がありますが、複数のグループに入れるにはコピーを作ることが必要になり、どんどんコピーが増えるということが起こりかねません。

『ワープロソフトやエディタで管理』

フォルダ階層図

ワープロまたはエディタにオリジナルの文書ファイルがあり、それでまた別のファイルを開いてこのテーマについての記述をコピペしてまとめておくことが、複数のソースからの情報を抽出する方法としてはあり得ると思いますし、実際私もやってたことがあります。

カードで分類するのと同じ困難さがあり、コピーがあちこちにできて、元文書の間違いに気づいた場合、コピーしたすべてを直さなければいけないというようなことも起こりますし、オリジナルの文脈に戻ろうと思っても元の場所に戻るのがなかなか大変という苦労を味わうことになります。

『スプレッドシートで管理』

エクセルにインタビュー内容を分類している様子

ワープロと同じく身近なものとして、Excelのようなスプレッドシートのソフトがあります。これも私自身、特に自由記述の分析に使用していた方法があります。質問紙調査の自由記述や、人によってはインタビューの中の文の塊をセルに入れていき、右にコードの列を作って該当する箇所に1を入れていく方法です。

文を断片化してセルに入れていますが、コーディングを進めていき、この断片をさらに二つに分けたい場合、今までコーディングしていたものをまたコピーして分割しなくてはなりません。もしくは似た概念のコードがあり、それらを統合したくなった場合も同じような苦労が起こり得ますし、コードを階層化することは困難です。

それぞれに手間のかかる作業と難しさがあります。また共通した課題として、オリジナルの文脈に戻るのが困難なこと、操作ミスで作業内容が失われたり、誤った箇所をコピーしてしまうなどのケアレスミスが起こる可能性が高いことが挙げられます。

NVivoという道具を使って自由度を高める

あまりソフトウェアに馴染んでいない場合、そのソフトが持っている分析の仕方のようなものに縛られてしまったり、分析がブラックボックス化してしまうのではないかと心配することがあるかもしれません。私自身もそう考えたことがあります。

ですが、紙面上での塗り分けなど、上で紹介したような方法をとっている場合、その方法の限界に制約され、その範囲でしか分析できないということが起きている可能性があるのではないでしょうか。データが大量になった場合はそれに加え、記憶の制約も影響します。全体像として見えているものが、実は偏ったデータしか見ていなかったということが起こる危険性があります。

NVivoを使うことはソフトに制約されるというよりもむしろ、道具を使うことで自由度をあげることだと、私自身が長くNVivoを使った上で実感しています。

『コーディングを自在に』

NVivoコーディングストライプの画像

一度文章を断片にしたものの一部に異なるコードを付けたり、また別のコードをその中の一行だけにつけたり、ということがNVivoでは自在にできます。テキスト(もしくはカード自体を)をコピーするなどの作業は必要ありません。

『常に元データとの結びつきが保たれる』

もう一つ非常に大きなところは、NVivoではコーディングして切り出されて見える部分も、元のインタビューデータの全体像と結びついている点です。元文書からワープロやスプレッドシートにコピーしたものは、オリジナルからは切り離されてしまいます。そのため、元の文書にもどって全体像の中で見直したりすることは困難です。技術的な詳細は省きますが、NVivoは、断片と見えるものも、全体像の一部を見せているのであってオリジナル文書から切り取っているわけではなく、元文書に変更があった場合も自動的に反映されます。

『全体像と部分を簡単に往復』

そのため、全体像と部分を簡単に往復できます。部分を取り出して細かく見ている時にクリックするだけで元文書にいくこともできますし、複数のインタビューから似たような記述・語りを取り出してきてインタビュー全体に目を配っている状態から、一人のインタビューの詳細のところまでまた確認しにいくというような往復もすることができます。

『階層化や統合など、コーディング構造を自在に』

NVivoのノード階層の画像

スプレッドシートを使うとコーディングが階層化しづらい、とりまとめしづらい、ということを言いましたが、それが自由にできます。複数にわかれて似たような概念を作ってコーディングしていたものを統合するということも簡単にできます。

私自身はNVivoが非常に有効であるということを感じながら使ってきましたが、日本でNVivoを使っている社会学者にあまり出会わないなとも感じてきました。質的研究は非常に蓄積のある分野ですが、こうしたソフトウェアはまだ普及途上のようです。

現在私はNVivo認定トレーナーという役割も担っており、さまざまな方法を用いて質的分析、質的研究を行ってこられた方に、その道具としてのNVivoを紹介しその使い方をお伝えしたいと考えております。皆さんがそれぞれの分野で利用法の可能性について考えてくださり、それがNVivo開発者にフィードバックされてどんどん使いやすくなっていけばいいなと思っています。

中里英樹先生プロフィール

中里英樹先生 画像

甲南大学文学部社会学科教授

京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学(社会学専攻)

インディアナ大学社会学部へ留学後、松阪大学政策学部助教授などを経て、現職。2006-7, 2011-2012年に南オーストラリア大学ワーク・アンド・ライフ研究所にて在外研究。

専門は家族社会学。子育て期の仕事と生活が現在の研究テーマ。これまでに、歴史人口学データベースやオーストラリアのパネルデータを用いた量的研究や、インタビューや雑誌記事などを用いた質的研究など、さまざまな方法を併用。

NVivoを用いてインタビュー調査の分析を行った研究成果として、 “Fathers on Leave Alone in Japan: Lived Experiences of the Pioneers.” (M. O’Brien and K. Wall eds. Comparative Perspectives on Work-Life Balance and Gender Equality: Fathers on Leave Alone, edited by M. O’Brien and K. Wall: Springer International Publishing 2016年所収)などがある。